<< 時を経てわかること、見えるもの | main | 001『憑物語』 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | - | - |
002『スプートニクの恋人』
大学生のときに読んだけれど、
最近すすめられて、もう一度読みたくなった本。
2008年5月21日の記事

はは、やっぱり「わからない」って感想だ。淡白ー
「大人になって読むと違うから」
と言われた先入観かもしれないけれど本当に違った。

内容はすっかり忘れていたけれど、読んでいると「ああ、あったあった」「ここはハッキリ覚えてる」って場面が多くて、そういう意味でも読み進めるのは楽しかった。
特にミュウの過去の観覧車の話は、それだけ何か別の短編集で読んだ気がする、というくらい独立して覚えてて、それらがひとつも物語だったなんて、不思議。

* * *

まず、表現が好きで、次はどんな言葉でページが埋められているのだろうと思うだけで楽しみだった。昔はきっと内容と具体性ばかり求めてしまってそういう微細なところを読み取れなかったかもしれないけれど

例えば

それはきづなを解かれた魂のように、風に乗ってさまよい、遠くに消えていった。

同じ場面で登場する、病院で着せられる白くて長いガウン匿名的と表するところとか、ため息が出る。


村上春樹の小説は「失われていく」物語が多くて、
細かい描写がほんとうに多様。
普段自分が感じる、苦しい悲しい虚しいっていう感覚(虚無感や喪失感やそういうもの)、こんなに艶やかに表せたらなぁと思うし、物語の中で「失われていく」ことを自分の寂しさに少し当てはめるだけで、「そういうものなんだ」って楽になれるように感じる。

帰ってきたブーメランは、投げられたブーメランと同じものではない。わたしにはそれがわかる。ブーメラン、ブーメラン。

わたしにもそれはわかる。なんとなく。


この本では物理的なものが不思議な形で失われるから、物語として綺麗な意味がある気がする。でも、それをもし自分の立場に置き換えてみた場合、わたしたちの住む三次元の現実にはそんな物語的に不思議なことなんてないでしょ。にも関わらず、すとんと納得(わかる、という意味ではなく。)できてしまうのは、自分が気づかないような(でも誰にでも当たり前にある)精神的なものが、細やかで豊かに表現されているからかな。
あと、読み手の精神年齢とそれに伴うインプット量(みてきたもの)が増えたから。それも大きい。

すすめてもらって良かったな、と思いました。

JUGEMテーマ:読書
| 【本】 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | - | - |









http://39mirai.jugem.jp/trackback/3889